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体調管理も仕事のうち(`・ω・´)健康まとめサイト

大人のための健康維持に役立つ情報をまとめています。栄養のある食べ物や運動方法など30代40代の社会人に向けた健康総合ブログです。

心の病にかかった人に大事なのは励ましの言葉ではなく一緒にいること。心の会話の大切さとは

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 心を病んでしまった人は、本人も辛いですが、それと同じくらいまわりの人も辛いと思います。家族だからといって理解しあえるものでもありません。人の痛みは自身も辛いことを経験しないとわからない部分は大きいと思います。


 私は20代の時、精神の病にかかり、どうしようもなく辛い思いをしました。どうしてこうなったのかもわからず、どうしたらいいのかもわからない。家族に相談しても、なかなか分かってもらえない。

私がそうだったのですが、精神の病は自分が心の病かもしれないという自覚がありません。ですから余計に本人は見えない恐怖と不安に苛まれます。けれども、何に対して怯えているのか不安なのか、具体的な説明が出来ない。これで本人と相手との間に距離が生まれてしまうのです。人のことを信用できないけれど、信用したい。この葛藤が本人の行動を難しくしてしまいます。

 『支える・支えたい』と一言で言っても、そう簡単な問題ではありません。先ほど家族はわかってくれないとお話ししましたが、家族の理解が足りないわけでも、家族が悪いわけでもありません。家族は心配し、何とかしたいと思っていたのです。私の両親はいろいろなことを言ってくれました。何度も何度も、『大丈夫なのか』『頑張りなさい』『一度家に帰ってきなさい』『休みなさい』と言ってくれました。

家族は心配して言ってくれた言葉。当然です。心配し、何とかしたいと思うのが家族です。しかし、この時の私には、責められているような、言葉が襲い掛かってくるような、強い圧迫感を感じてしまったのです。『違う…違う…そういうことが言いたいのではない』そう思っても、どう伝えればいいのかわからない。私はしばらく家族と距離を取ってしまいました。

 愛情のある言葉でも、心から心配して伝えた言葉でも、心の病にかかってしまった人にとっては辛く感じてしまうことがあります。私はこの時のことを思い返してみると、何か助言が欲しかったわけではなかったんだろうなと感じます。よく、『頑張れというのは良くない』と言われていますが、その通りなのかもしれないと思います。   

 自身の経験から感じたことですが、自分を含め、心を病んでしまった人は『自分は情けない人間』『だめな人間』『くだらない人間』と自分を卑下する思いが強くあります。

『頑張れ』と言ってくれた人が、たとえ心から心配して伝えた言葉だとしても、『自分がこうなのは、自分がだめだからなのだ』という思考になってしまい、さらに追い込むことになってしまいます。言葉をすべて自分の負の部分につなげてしまうのです。

 『人を支える・助ける』という形はさまざまです。言葉による助言だけではなく、何も言わずにただそばにいることも、大きな支えとなります。

 当時の私は、後者の存在を求めていたのだと思います。『こんな自分でもそばにいてくれている』これは自分を受け入れてくれているという安心感にもつながります。

 人は自分と境遇が似ていたり、似たような考えを持た人に親近感を覚え、心を開きます。しかし人はそれぞれ生まれた場所も環境も違います。たとえ家族でも友人でも恋人でも、1から10まで自分と全く同じ気持ちを抱いているわけではありません。

その点の理解が私にはなく、『どうしてわかってくれないのだ』『そういうことが言いたいのではない』と感じ、結果的に自分で自分を追い込んでしまった部分が少なからずったと思います。今思えば、私を助けよう、何とかしようと思ってくれていた人には、本当に申し訳ない事をしてきたと思います。相手も相当言葉を選び、神経をすり減らす思いをしていたはずです。

 病である、ないに関わらず、人とのコミュニケーションにおいて、なかなか思うように伝わらず、上手くいかないことは日常的に多くあると思います。必ずしも言葉での直接的な助言が適切というわけではありません。見守る・ただそばにいるという心の会話も、大切なコミュニケーションです。自分なりの言葉の会話や心の会話を、是非探していただきたいと思います。